真田信繁(幸村)の男子の中で、真田之親は最も状況証拠が乏しいため、真田氏を紹介する書籍などで省略されてしまうこともあります。
「全讃史」では、信繁(幸村)が大坂から脱出した2年後に設けた男子ということになっています。
実際のところはハッキリしていないのですが、真田信繁(真田幸村)が九度山時代か大坂城籠城の際にできた子供である可能性があり、生き残るために四国まで逃げてきたのではないかと思われます。
真田之親の出生や生活については、非常に少ない情報しか伝わっていません。
1.真田信繁(幸村)が和歌山で幽閉されている頃、地元の百姓の娘に産ませた子供
2.大坂冬の陣の前には生まれている
3.大坂の陣の2年後、讃岐国に住む石田(細川)民部大輔国弘の養子になる。
4.成人後の呼び名は権左衛門 |