菊は、真田信繁の長女として上田で生まれました。
母は堀田作兵衛の娘です。
菊は伯父である堀田興重に養女として育てられました。
菊は信濃国長窪宿の石合十蔵と結婚しました。
1615(慶長15)年、夫十蔵は大坂の役で大阪城に籠もっている義父信繁(幸村)に手紙を送ったものと思われ、その返信と思われる手紙が残っています。「此世(このよ)にて面談は有之間敷(これあるまじく)候、何事もすへこと心に不叶(かなわざり)き候共、御見捨無之(おみすてこれなき)やうに頼入(たのみいり)候」 決死の覚悟で徳川方との対立に臨んでいること、娘に対する気遣いの言葉が書かれています。
大坂の役が始まる前に、夫十蔵は、義父である堀田作兵衛から作兵衛の子である源内(乳幼児)を預かりました。
1640(寛永17)年2月、十蔵が反乱者である堀田氏の子を匿っているという通報があり、十蔵は江戸で厳しく取り調べられました。
匿った時期が戦前か戦後か罪になるか否かの判断基準でしたが、預かった時期が戦前だったことが証明されたため、夫十蔵釈放されました。 |