守信の死後、家督は長男である片倉辰信(かたくら ときのぶ)が継ぎました。
1673(延宝元)年11月3日、松代3代藩主である真田幸道が、伊達綱村に招かれ仙台藩を訪れた際に、接待役の中に六文銭の家紋を羽織につけている者がいることに気が付き、幸道が声を掛けたところ片倉沖之進を名乗り、2人は言葉を交わしたようです。
これは信之の孫である真田幸道と信繁(幸村)の孫である真田辰信(片倉辰信)が出会ったということです。
1712(正徳2)年2月、辰信は「既に将軍家を憚るに及ばざる」の内命を受け、本来の姓である「真田」姓に復帰し、真田辰信(さなだ ときのぶ)を名乗り始めました。
辰信はこれまで匿ってくれた伊達氏と片倉氏に感謝し、1000石を仙台藩に返還しました。
守信の長男である真田辰信(片倉辰信)辰信の時に真田姓に戻しましたが、幕府に遠慮して本当の家系図は明治維新後まで秘密にされました。 |