金井高勝(真田信春)
プロフィール
読み仮名
かない たかかつ
生没
生年不詳~1606(慶長11)年7月7日 享年不詳
出生
真田幸隆の五男、母は不詳
別名
宮内介(くないのすけ)、真田信春、法号:高勝寺殿龍顔宗白大居士
移籍
いつ頃からか定かではないが金井姓を名乗り農民になる
正室:不詳
子供
不詳
龍顔寺
備考
高勝は生年不詳であるため、高勝を四男、信尹を五男とする説もあります。
沿革
金井高勝の沿革

金井高勝は真田幸隆の五男ですが、人物像や経歴などほとんど不詳です。

真田信春として戦国の世を乗り越えましたが、いつからか農民になり金井高勝を名乗りました。

龍顔寺の西方に二重の堀跡が残っている居館跡があり、そこには真田宮内大神が祀られています。

高勝は1606(慶長11)年7月7日に無くなりました。
法号は高勝寺殿龍顔宗白大居士で龍顔寺(丸子町生田)に墓があります。
龍顔寺は寛永年間(1624年~1644年)に高勝寺から改名しました。

高勝の甥である真田信之は、高勝が亡くなった翌年である1607(慶長)年6月26日付の寄進状で、高勝の冥福を祈って3 貫文を高勝寺に寄進しています。
信之にとって大切な人の一人だったに違いありません。

トップ真田氏データベース真田氏一族藩主系黎明期真田幸隆一家>金井高勝
ろくもんせんどっとこむ トップページへ 真田氏データベース トップページへ ルーツ 家紋 歴代藩主 一族 系図 年表 親戚 家臣 勢力範囲 合戦遍歴 関連伝説 真田十勇士 有力者データベース 用語データベース サイトインフォメーション トップへ