真田昌親は真田昌幸の三男として生まれましたが、生没年と母は不詳です。
昌親の長男蔵人(くらんど)、次男多聞(たもん)は善光寺に葬られたと言われています。
三男信親は松代3代藩主である真田幸道から2千石を与えられて、幕府旗本になりました。
信親には後継者がいなかったため、従兄弟の真田信政の長男信就の七男(のちの信弘)を養子に迎えましたが、信就七男(信弘)が松代藩の家督を継ぐことになり、信親の後継者がいなくなってしまいました。信親は与えられていた領地を松代藩主である幸道に戻しました。
信親の家系は断絶しました。 |