1567(永禄10)年頃、小野お通は美濃国北方に領地を持っていた小野氏の娘として生まれました。
織田氏家臣である塩川伯耆守と結婚しましたが、本能寺の変で織田信長や森蘭丸長定らとともに討ち死にしました。
その後、渡瀬羽林(わたせ うりん)と再婚しました。
1622(元和8)年、上田藩主である真田信之から松代移封についての手紙を送られており、信之との親交が深かったとされています。友人だった可能性が高いのですが、事実上の側室だった可能性も指摘されています。
お通は晩年、信之の次男信政の側室になった長女図子を頼りました。
1631(寛永8)年10月、小野お通が亡くなりました。(小野お通 享年65才) |