もともと病弱で自ら指揮を執ることが難しく、世継ぎも亡くしていた父幸教は、伊達宗城の次男を後継者として養子に迎えました。
1866(慶応2)年3月、父幸教は養子の幸民に家督を譲り、隠居しました。(父幸民32才)
1869(明治2)年10月18日、父幸教が亡くなりました。(父幸教享年35才)
1870(明治3)年、幸世は真田幸教の四男として生まれました。
1896(明治29)年6月、幸世は幸教の実子でしたが家督は幸民に継がれていたので、分家になりました。この時、幸世は特旨によって男爵の身分が授けられて、華族になりました。(幸世27才)
貴族院議員などを務めました。
1945年8月15日、第2次世界大戦で日本が敗北しましました。 華族制度は廃止され、華族ではなくなりました。
1948(昭和23)年1月12日、幸世が亡くなりました。(真田幸世 享年79才)
以後の家系 幸世━幸邦━幸徳