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真田氏の存在を記録から推察 |
真田氏の初期の記録は大変乏しく、室町時代初期である1400(応永7)年に起きた大塔合戦(おおとうがっせん)を記録した「大塔物語」に「実田」として真田氏の名前が初めて登場します。
もう一つ真田氏の名前が出てくる記録は、室町時代中期である1440(永享12)年に起きた結城合戦を記録した書物です。
この2つの合戦において真田(実田)氏の名前が出ていることは、海野氏から分家として出たと言われてきた真田幸隆(1513(永正10)年生まれ)以前に既に真田氏が存在したことを示すものとして重要な資料になっています。 |
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大塔合戦 |
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結城合戦 |
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結城合戦は室町時代中期の1440(永享12)年3月、上杉(うえすぎ)氏との戦で滅びた鎌倉公方の足利氏を公方として再興させるために、結城氏朝(ゆうきうじとも)が室町幕府(足利義教)を相手に戦いを挑んだ戦いで、現在の関東地方で起こりました。
この戦いに幕府方として、村上頼清(むらかみ よりきよ)とそれに従った真田源太・真田源吾・真田源六が参戦し、幕府軍の勝利に貢献したようです。
この真田源太・真田源吾・真田源六は、真田郷から参陣した可能性が高いとされています。 |
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現時点で判明している真田氏黎明期における7つの主な系図を見てみましょう。
7つの系図は、それぞれ相違している部分があります。これは江戸時代中期以降に、昔の記録や伝承に基づいて作成されたからだと言われています。 |
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